若い頃、名古屋の勤労会館で聴いた山下達郎。
あの夜のことを思い出すと、今でもちょっと胸が騒ぐ。
マイクなしで歌い上げる達郎の声。生身の人間から、どうしてこんな声が出てくるのか。
会場に響くその声に、ただ圧倒されていた。細かいことは、もうずいぶん曖昧になっている。
何を着ていたのか、誰と行ったのか、終演後に何を食べたのか。
そんなことは、きれいさっぱり忘れてしまった。それなのに、あの絶唱だけは、妙に鮮明に耳に残っている。
そんな達郎のワンマン・アカペラ作品のなかで、オレが一番好きなのが
『ON THE STREET CORNER 3』。往年のコーラス・グループの響きを、
すべて一人の声の多重録音で再現する。何人もの歌声が重なり合う、
その緻密さと心地よさには、聴くたびに感心させられる。
今宵の一曲は「LOVE CAN GO THE DISTANCE」
往年の洋楽カバーを中心とするオンストシリーズのコンセプトからは、
ちょっぴり逸脱したオリジナル作品だが、これが実に気持ちよく聴ける。
甘いメロディーと幾重にも重なるコーラスが自然に溶け合い、アルバムのなかにすっかり馴染んでいる。
昔の音楽への愛情を持ちながら、そこに縛られず、新しい曲まで自分のスタイルで成立させてしまう。
達郎のアイデアとアレンジ力には、ただただ脱帽だ。
あの頃のオレは、今よりずっと若くて、今より少しは夢もあったのだろう。
いや、夢があったのか、単に世間知らずだったのか、そのあたりは怪しい。
ただ、あの夜に聴いた声は、今も消えずに残っている。
人間、いろんなものを失くしていくが、音楽の記憶というのは案外しぶとい。
もっとも、忘れたことに気づいていない思い出も、相当あるんだろうけどね。
