プール・サイド / 南 佳孝



プールサイドの女と、軽くなる財布

「プール・サイド」を聴くと、若い頃のある夜を思い出す。

南佳孝といえば「モンロー・ウォーク」や「スローなブギにしてくれ」
を思い浮かべる人も多いだろうが、オレにとっては「プール・サイド」も
忘れがたい一曲だ。あのイントロには、大人の色気と、
男の妄想を無駄に活性化させる何かがある。

若い頃、名古屋の藤が丘だったか八事だったか、
今となっては場所さえ怪しいのだが、オシャレな輸入食材の大型ビルに
「ダンジネス・クラブ」というカニ専門のレストランがあった。

当時は予約もなかなか取れない人気店だった。

そこで、中京テレビに勤めていた知り合いの女性と食事をしたことがある。

飛び切りの美人だった。

こういうとき、男は実に単純だ。美人と食事ができるとなれば、
普段なら慎重に守っている財布の防衛線も、あっさり突破される。

ダンジネスクラブを一匹。ワインに前菜、サイドメニュー。

財布の中身が、まるで閉店セールのような勢いで消えていく。

それでも、まあいい。若い頃のオレにも、見栄と下心くらいは人並みにあった。
美人との食事代を惜しんでいると思われるくらいなら、
多少の出血は覚悟する。男のプライドというものは、ずいぶん高くつくのである。

レストランは屋上のオープンテラス。隣には洒落たプールがあった。

食事の途中だったか、終わり頃だったか、彼女がふいに言った。

「隣のプールで泳ぎたいの」

へっ?

マジっすか?



こちらはカニとワインで、すでに財布も気持ちも満腹に近い。
ところが彼女は、どうやらもうひとつの楽しみを発見したらしい。

それにしても、あの自信はどこから来るのだろう。

大勢の人がいる場所で、何のためらいもなく水着になれる。
自分の容姿に対する絶対的な信頼。いや、あれは信頼というより、
もはや確信だったのかもしれない。

オレなど、プールに入る前に腹を引っ込める方法を考え、
出た後にはタオルの巻き方を心配する程度の人間である。
そもそも、誰もオレのことなど見ていないのに。

若い頃の記憶というのは、ずいぶん都合よくできている。

美人の顔は鮮明に残り、店の正確な場所は消えている。
カニの値段も、ワインの銘柄も、今となっては定かではない。
だが、あの「泳ぎたいの」というひと言だけは、妙に鮮明だ。

人間の記憶とは、人生に必要な情報を保存する装置ではないらしい。
自分に都合のいい場面と、あとから人に話せそうな場面を、勝手に選んで残している。

そして今、南佳孝の「プール・サイド」を聴きながら、あの夜を懐かしんでいる。

音楽はいい。失われた時間を、ほんの数分だけ取り戻してくれる。

ただし、若い頃の自分まで美化してはいけない。

あの夜、オレが格好よく振る舞っていたのか、それとも内心、
追加料金とプールの利用料を心配していただけなのか。

記憶の中のオレは、今も答えを出していない。

まあ、いいじゃないか。カニは食べた。ワインも飲んだ。美人と食事もした。

あとは音楽を聴いて、昔話にするだけだ。

若さとは、金のかかる妄想である。

そして老後とは、その勘定書きを笑い話に変える時間なのかもしれない。



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