子供の頃、「プロ」と言えばプロ野球やプロレスラーのような、
何か興業的な世界の人間を指す言葉だと思っていた。
ところが、この仕事を始めて間もない頃、その言葉に少し違った印象を持つ出来事があった。
ある日、先輩に連れられて行った「デザイナー御用達」と呼ばれるバー。
そこでは、いかにも業界人らしい顔をした先輩デザイナーたちが、酒を飲みながら、どうということもない話を、いかにも重要なことのように語っていた。
若かったオレは、その中の一人の話に対して、
「それは違うんじゃないですか」
と口を挟んだ。
すると、その先輩は少しムッとした顔で言った。
「君ね、こっちはプロだよ」
その瞬間、オレは理解した。
ああ、この世間でいう「プロ」とは、そういう意味なのか、と。
つまり――
それで食っている人間。
世間では「それで食っていく覚悟」があることを、プロフェッショナルの証のように言う。もちろん、それは間違いではない。食えなければ続けられない。仕事である以上、売上も必要だ。しかし、もし「食っていくこと」だけがプロの覚悟だとしたら、食えなくなった時、その覚悟はどこへ行くのだろう。食うために売れるものを作る。世間に受けるものを考える。本当はやりたくなくても、仕事だからやる。それもまた現実だ。

デザイナーとして生きていくためには、そんな工夫も妥協も必要になる。
だが、オレはそれだけを「プロの覚悟」とは思っていない。むしろ、仕事で食えることなど、結果としてついてくるものではないかと思う。
運もある。
時代もある。
人との出会いもある。
言ってしまえば、それで食えるということは、ある意味で「たまさかの僥倖」なのかもしれない。
オレが本当の意味でプロフェッショナルだと思うのは、自分の仕事そのものを尊敬している人間だ。
仕事を単なる生活の手段にしない。金を稼ぐためだけの道具にしない。自分の技術を磨き、仕事について考え、少しでも良いものを作ろうとする。
誰に褒められなくても、見ている人がいなくても、手を抜かない。その仕事そのものに対して、敬意を持ち続ける。オレにとって「プロ」とは、そういう人間だ。言い換えれば、それは職人なのだと思う。売れるからやるのではない。
自分が選んだ仕事だから、やる。
自分が選んだ仕事だから、やる。
上手くなりたいから、やる。
昨日の自分より、少しでもまともなものを作りたいから、やる。
食うために仕事をするのではない。仕事をするために生きる。少し大げさに聞こえるかもしれないが、職人とは、たぶんそういう種類の人間だ。
昔、あのデザイナー御用達のバーで、オレが心から尊敬していたデザイナーが、そこにたむろしていた群小のデザイナーたちを一瞥して言った。
「馬鹿野郎。てめえらとは覚悟が違う」
その言葉を聞いた時は、ただ圧倒された。
しかし、長い時間が過ぎた今なら、少しだけその意味がわかる気がする。食っていく覚悟ではない。売れるために何でもする覚悟でもない。

自分の仕事を裏切らず、最後まで精進し続ける覚悟。
たぶん、それが違うということだったのだろう。
オレは職人として、人生の多くを彼から学んだ。
そして今でも、ときどき思い出す。
「てめえらとは覚悟が違う」
――あの言葉ほど、デザイナーという仕事の厳しさと誇りを、短く言い表した言葉をオレは知らない。
