
「今 東光」を知っているだろうか。
昔の『週刊プレイボーイ』には、今では考えられないような名物連載があった。人生相談である。柴田錬三郎に始まり、今東光、開高健、そして時代が変われば松本人志、リリー・フランキー……。その時代を代表する毒舌家たちが、読者の悩みに好き勝手……いや、真剣に答える。
その中でも、オレが大好きだったのが、1970年代に連載されていた今東光和尚の「極道辻説法」だった。作家であり、僧侶でもある今東光。『お吟さま』で直木賞を受賞し、出家して剃髪、晩年には平泉中尊寺の貫主まで務めた人物である。そんな立派な和尚が、相談者を遠慮なくぶった斬る。
今でも覚えている相談がある。
二十歳の学生が、中学三年生の女の子を好きになった。毎日、学校へ行く彼女を見ているだけだったが、とうとう彼女の家にいたずら電話をかけるようになった。半年ほど毎日かけている。今さら好きだとも言えない。いたずら電話がバレたら死んでしまう。和尚、自首したほうがいいでしょうか――。
普通なら「相手の気持ちを考えなさい」とか、「二度としないよう反省しなさい」とか、そんなところだろう。ところが東光和尚は違う。「自首するより死んだ方がいい」
さらに、二十歳にもなってそんな電話かけたりするバカなら、自首するより死んだ方がいい。悪いことは言わん、死にな」と。今なら完全にアウトだろう。いや、当時だって相当なものだったと思う。しかし、オレはこの滅茶苦茶な説法が好きだった。綺麗事を並べて、最後は「頑張ってください」で終わる人生相談ではない。間違ったものは間違っている。情けないものは情けない。そこを和尚が一刀両断する
毒舌なのに、妙に筋が通っている。もちろん、本当に「死ね」と言っているわけではない。自分の恥や愚かさから逃げるな、ということなのだろう。少なくともオレには、そんなふうに聞こえた。今の世の中は、何かにつけて優しい言葉が求められる。
だが、人間、優しい言葉だけで目が覚めるとは限らない。
