嫁さんに「旧い映画で、何かお勧めはない?」と聞かれて、いくつか思い出してみた。
「モンパルナスの灯」
「月曜日のユカ」
「ブーベの恋人」
気がつけば、全部モノクロ映画だった。
どうやらオレの映画の記憶も、最近はモノクロになってきたらしい。
今回は小林正樹監督の「切腹」。
オレが観てきた時代劇で一本選べと言われたら、迷うことなくこれである。
「忠臣蔵」も好きだし、市川雷蔵の「忍びの者」も、「蜘蛛巣城」も「梟の城」も好きだ。大川橋蔵と美空ひばりの若殿様・お姫様シリーズだって、かなり好きだった。
それでも「切腹」。
豊臣家が滅び、徳川の世になった頃、主家を失った武士たちが江戸へ流れ込み、再仕官の口を求めて浪人があふれていた。
そんな時代、井伊家の上屋敷へ津雲半四郎という浪人が現れ、
「庭先をお借りして、切腹をしたい」
と申し出る。
子供だったオレは、ここで素朴な疑問を持った。
切腹したい奴を屋敷に入れて、切腹させたら映画は終わりじゃないのか?
ところが、そこから二時間以上もたせる。
映画というのは、ずいぶんと面倒なことを考えるものだ。
「さよう、津雲の津は大津の津、雲はあの雲でござる」
そんな悠長な名乗りから始まって、津雲の過去が少しずつ明らかになっていく。

まず驚いたのが、音楽がほとんどないこと。
今の映画みたいに、怖い場面だから「ジャーン!」、感動するから「ジャジャーン!」なんて親切なことはしてくれない。
聞こえてくるのは、人間同士の会話だけ。
津雲半四郎と井伊家家老との、静かな言葉の応酬。それだけなのに、妙に息苦しい。
そして、子供のオレに強烈に焼き付いたのが、貧乏浪人の切腹シーン。
竹光である。
そりゃあ、竹なんだから腹に刺さらない。
刺さらない竹光を、それでも腹に押し込んでいく。介錯もしてもらえず、最後には舌を噛み切る。
子供に見せるには、なかなか容赦のない映画だった。
大人になって改めて観ると、もっと凄いのは、あの残酷な場面そのものではない。
この映画、刀で戦っているように見えて、実は言葉で戦っている。
チャンバラの「動」より、津雲半四郎と家老の「静」のせめぎ合いがメインなのだ。
家老役の三国連太郎も凄い。
そして仲代達矢。
まあ、いつ観ても芝居っ気がありすぎる。
濃いんだよなぁ、仲代達矢は。^^
顔も声も立ち姿も、全部が「オレは仲代達矢だ」と言っている。
でも、それがいい。
子供の頃は、怖くて、凄くて、何だか分からないけれど忘れられない映画だった。
歳を取って観直すと、体面とか、建前とか、組織とか、追い詰められた人間が最後に何を守ろうとするのか……そんなものが見えてくる。
昔の映画を観直すというのは、映画を観直しているようで、昔の自分を観直しているのかもしれない。
……と、ここまで書くと、いかにも映画を深く理解していたように見えるが、
最初に観たときのオレが考えていたのは、
「竹光って、怖ぇな」
それだけだった。
まあ、映画の見方なんて、そんなもんである。
