なんちゃって天才論・2

それ以外のことをしてまで生きていたいとは思わない。
この構えは、たとえばゴッホという画家を見ると明らかだ。
彼にとって生きるということは、描くということ以外にではあり得なかった。食える食えない関係ない、生きるの死ぬのも関係ない。要するに、それをする以外にどうしようもない 生活や命と引き換えても、それを全うしなければ気が済まない。その意味で、常人は天才の技術や方法を真似することはできても、その天才を真似することだけは決してできない。なぜなら真似できるだけの偽物は、食えなければやめてしまう。
しかし天才はそれこそができない、他人や世間が眼中にないのだから死んでのちその天才が評価されるという、それがあれらの芸術家たちのありようだろう。

まっ、常人とは言ってみればオレのように「」を知らない人だから天才を理解できない。その言動だけ見るぶんには、たいていは”変な人”に見えるわけだしかし彼らが為した仕事、残した作品に接し感動することが出来るのなら、オレたちも彼らを、ほんのちょっぴりでも理解してると言えるのかもね^^

天才と言えば、札幌のスキー場で嫁と目撃した「岡本太郎」画伯はやはり目つきはどう見ても「変な人」にしか見えなかったがその引き寄せられるようなオーラは尋常じゃなかった滑ってる姿はスキーヤーそのもの、スキーテクニックも”芸術家”にしては素晴らしかった(笑)その時、写真を撮らなかったのを今でも後悔してる。

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